微笑みの国で雨にウタレテ・・・90′s 最終回

町田君による「突如勃発型発作的ドタバタ旅-チェンライ編」は、
本当に勃発的に始まった。
「俺、今日の夜行バスでチェンライ行ってくるわ」

と言い放ったのち、さっそく町田君は荷造りをし、ねぐらにしていた宿を
颯爽とチェックアウトし、荷物をカウンターに預け、マイへのお土産を
買いに再び外へ繰り出して行った。

俺達はその模様をポカン・・としながら眺めていた。
何をそう彼(町田君)をかり立てているのか?
俺達にはそこまでのパワーや思いがなかったから、羨望の眼差しとは
言わないまでも、その行動力と決断力に対しては、ある種の羨ましさを
感じていた。

これから、あてはあるが不明確且つ見知らぬ土地へ、消え去った女性
(マイ)を追い求めて旅立つ町田君の心境は、その昔のマルコのような
ものなんだろうなぁ、、なんてことを考えていた。
「マイを求めて900Km」と言ったところか。

チェンライはタイ最北の県都であり、13世紀には、タイ北部で栄えた
ランナータイ王国の首都であったことで知られている。
町田君がゴーゴー・バーで知り合い、惚れこんでしまったマイという
女性が生まれた場所でもあるらしい。
バスで約13時間。

バンコクでも、チェンマイ、チェンライと言ったタイ北部から来た女性は、
どこか発するオーラが、他県女性とは違うということはよく耳にしていた。
最初は
「そんなことあるものか、タイ女性は皆、タイ女性ではないか!」
と、素人さながらの頑固さを売りにしていたのだが、事実、日本にも
東北美人と比喩される、でも本当に美人の東北の女性がいるように、
実際、間近で見てみると、やっぱりタイ北部出身の女性は、綺麗且つ
スタイル抜群なのであった。

タイ北部は、ミャンマー、ラオス、中国と隣接した地域であり、ここには
中国系の血を受け継ぐ人が多い。
中国系とタイ純正100%のモン族とを比べても、男女共に、中華系の
方が華やかで、女性ならば「うつくしい」、男性ならば「おっとこ前」と
言ったものだろうか。

そんな感じの話をオキ君や、歩くガイドブックのナリタヒデキから
聞くたびに、タイ北部への思いがかりたてられ、今にでも俺も、
”北に行きてぇ”と言いたくなるのだが、今回の目的はあくまでも「南下」であり、
目的に添って旅を味わいたいナリタヒデキは、他人の「突如勃発的発作型」は、
オモシロ旅ウケ話として受けいれるのだが、
自分達には”突如勃発・・・は必要ネー”というようなスタンスであったから、
自分一人では果てしなく不安で孤独を嫌う俺の意見など無視される可能性が大であり、
例え北への進路変更を提案したとしても、
「俺は行かないから、おまえ一人で行って来ればいいじゃん」
と言い放たれるのがオチでもあった。

この時俺は、口をつぐんだまま、密かに次回の確固たる「北」への
目的を心の内で構築し、その熱い思いを噛み締めているだけしかなかった。

しかし、町田君のサムイ島話を聞いて、熱帯の南のトロピカル・リゾートへの
思いも確かに熱くはなっている。
リゾートの解放された華やかで誘い魅惑の土地を選ぶか、
美人の宝庫とされる北を選ぶか・・・。

確かに旅の当初は、
「新しい自分を見つけるためなのだ!」

とか
「自己実現のきっかけなのだ!」

というナントカカントカな目的も何もなしに、ただただ外国の見知らぬ土地を、
そして廻りを見廻しても知らぬ輩がウヨウヨしている街を歩いているだけでも
満足であった。
それはそれで、無機質で表情の薄い日本から抜け出して来ていることに
充実感を感じていたのだ。

しかし、漠然的に「南」を目指してはいたものの、でも、そんなとこに何か
正当な理由があった訳でもなかった。

「だんだんと単調になっていく「旅」という、”一人よがり的青春謳歌”に
疑問とその存在意義をまがいなりにも俺は感じ始めているんだよ」

と、すでに長旅のオキ君が、ビールを飲んで酔っ払い、語りに入って
いる時にふと言ったことが印象に残っていた。

「ナンデモいいからスカスカな心を潤すパワーと過激さを意識下で
求めてはいるんだけどさ」
この時、町田君が珍しくシリアスな顔して反応していた。

いろんな理由・スタンスで旅する”あやしい日本人”と出会う度、
「イマイチ味のない中身のない旅をしているなぁ」

と、異国でも自分を捨てきれない曖昧な自分等に嫌気が差しつつあったのは
確かで、しかし、一方で
「俺はまだ学生なんだから、自分を突き詰めながら各国を旅している
猛者にはならなくていいんだよ。彼等は彼等で俺は俺だよ」
などと思う気持ちもあり、その辺が、やっぱりいつでも中途半端な
自分を象徴していた。


夕刻の闇がバンコクを覆い被さる頃、町田君は、チェンライ行きの
バスが行き交うバンコク北バスターミナルへ向かうため、一人、
1ヶ月の一人旅にしては妙に少ない荷物を持ち上げ、「よぉっしゃー」
と声を張り上げた。

「本当に大丈夫かよ?あんだけの連絡先で行けるのかよ?」
と、オキ君がつかの間の旅の仲間に言った。
「大丈夫!大丈夫!なんとかなるべ」
「町田がいいんならいいけどさぁ。で、いつ帰ってくんの?」
「マイに会えたら帰ってくるよ。できれば一緒に帰ってくるつんもりだけど」
と、意気揚揚と町田君は答えた。

ナリタヒデキも俺も黙って町田君を見ていたが、町田君の
「今までサンキュー!また会おうぜ!」
と言いながら差し出した手と思わず握手をしていた。
しかし、内心は、

「きっと会えないだろうな、、無駄足だろうなぁ。。」
なんてことを俺は考えていたが、口には出さなかった。

「帰ってきたら、またこのゲストハウスに泊まるかんよ。ここに居てくれよ。
カウンター脇の掲示板にメッセージ残しておいてくれよ。」
「おー分かった。おまえも帰ってきたらメッセージ張っといてくれ。俺達も
これからどこかへ行くかもしれないからさ。とにかくまた会えるといいなぁ。
ここで会えなかったら日本で会おうぜ!」
とオキ君が言った。

「そうだべ。ここで会えなくでも日本で会えるべ」
と町田君はそういい残しながら、タクシーに乗って北バスターミナルへと
闇の中を消えていった。
タクシーのテールランプがやけに闇の中で色濃く見えた。
俺達は、ボーっと町田君のタクシーの中の後ろ姿を見ながら、旅人らしく
シリアスにのちの再会にふけっていた。
しかしこの時、町田君と日本のアドレスの交換をしていなかったことに
オキ君が気が付いたのは、だいぶ後になってのことだった。

町田君は見送った後、俺達は飯を食べに再び街へと繰り出した。
しかし、今度は街は夜の顔になっている。

昼間とは違い、けたたましい排気音や騒音の出所が分からない分、
妙な興奮が体の中から湧き上がり、夜の明りに向けてその興奮が飛び散っては、
眠らない街の片隅で働くタイ人の熱気とかと交じり合うことがなんとなく分かる
もんだから、街と一体化したような気分になり、次第にいろんな感情を押えきれ
なくなってきていた。

そして、その押さえきれない興奮と感情は、なんとなくだけど、次なる目的地と
そこにある何かが作用して体の中から沸々と湧き上がってくるものであった。
いろんな旅のスタイルとスタンス、その可能性の幅を垣間見ることが
出来るであろう希望に満ちたこの先と、日本では味わうことができない
精神の解放・充実、所謂、旅の麻薬にだんだんと染まりはじめている証拠でもあった。

俺達は、そこら辺の屋台でビールを飲んで行き交う車や人を見ながら、
今日一日の出来事を振り返りつつ、大袈裟に笑った。
日本での生活がアホらしくもなっていた。

長い一日で憂鬱ばかりの日々から、こんなにも人間力と情熱とパワーが
ありふれている街の真中で芯に苦いビールを飲みながら、眠らない
風を感じることが出来るのである。

俺達は町田君の幸先と行く末を思いながら、いよいよ南へ向かうことを
なんとなく決めていた。
そして、バンコク最後の夜を、町田君もハマったゴーゴー・バーで締めくくろう!
ということになり、俺達は、ナリタヒデキの渋々顔を無視しつつ、
魅惑のパッポン通りへと向かうため、通りすがりのトックトックを止め、
勢いよく飛び乗ったのである。


あるきっかけと目的地を欲していた時に投げかけられた数々の選択肢と
その誘い情報は、間違いなく俺達を旅に沈めるべく”旅の言霊”を発し、
俺達を刺激していたのである。


(おわり)

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