微笑みの国で雨にウタレテ・・・90′s 其ノ六

バンコクに降り続く雨季の雨がやけにジメジメしていた。
1996年も8月になったばかりの時であった。

俺とフムムのナイタヒデキはアイカワラズ日中はバンコクの街の中を歩きまわり
夜は外の屋台でタイ飯を喰いながらホンノリ苦いシンハビアを飲んでいた。

日本から同じように旅で来ている俺達と同世代の若者達も多くおり、時折
街中ですれ違った。皆、同じようなスタイルでバッグ一つで旅をしているようだった。



中には40代50代で会社を退職し、長いこと海外を放浪しているような中年の
方々もいた。軽い服装と必要最低限の荷物、その身軽さは20代になったばかりの
俺達を凌ぐばかりで、そのスタイルも旅の深さも、そのあまり多くを語らない
笑顔からなんとなく感じ取れることが出来た。

夕立が止み、心地よい風が街に吹き始めた。
ノラ犬も活動を開始し、それと共に街を徘徊する人間も増えてきた。
いろんな屋台も顔を出し始め、ネオンの光も派手に辺りを食い散らかしている。
でも、そんな明るさとは別に、確実に夕刻の闇は深さを増してきた。

ふと知り合った、同じく決まった予定のない旅をしている連中と会ったのは、
ナリタヒデキと屋台でダラダラとビールを飲んでいる時であった。

3輪バイタクのトゥクトックのオヤジと排気音がアイカワラズうるさかった。
「アタミ~!アタミ~!?」と声をかけて来る奴等のそのニヤケタ顔が妙に鼻に
ついた。
「微笑みの国とは言うけれど、奴等の微笑みも『微笑み』の部類に入るのか?」

と、初タイの俺は戸惑うばかりであった。

知り合った彼らもバンコクを拠点に旅をしているという。
山形から来た大学生の町田君は、俺達よりも4つ上のセーネンだった。
背が高く、はっきりした口調が印象的で、タイ人に対しても

「サ・ワ・デ・ィ・カ・ッ・プゥゥ!」

と一言ひと言はっきりと言い、言われたタイ人の方も

「おっほぉおお」

とびっくりするくらいのサワディ・カップであった。
さすがの微笑みのタイ人も、なんとなく顔がひきつっていた。

「2浪2留しちゃったけどさぁ、それはそれでスムーズにいっていたら
 見えてなかったものが見えてくるものなんだよね。」

と、どうやら

「そんなことはどーだっていいじゃん!要は先、先!これからコレカラ」

と言う彼の口振りが妙に心強く見えた、まだまだ未熟な俺がいた。

町田君と一緒に居たのは、静岡在住の大学生のオキ君であった。
オキ君を初めて見た時は、「あ!俺この人と会ったことあるよ」と
いうのが第一印象であり、そんなことをオキ君に言うと、

「それいつも会う人会う人に言われるんだよ。最初は気にしてなかったけど、
 頻繁に言われるもんだから、だんだんと気にしだして色々理由を模索
 したんだけれど、どうやら昔のナントカというマイナーな、ても見れば
 ワカルという俳優に似ているからだ!という結論に達したんだ」

と、町田君とは違って、妙に落ち着きのある口調で語った。

「そうか・・そう思われるのは、そういう理由かもしれないな。」

と、俺はそのナントカという 俳優の顔を思い浮かべながら、
でも名前は浮かんでこなかった。

オキ君はうちらより1歳年上で大学では教育学部で勉強し、
将来、高校の先生になるのが目標のセーネンだった。
専門科目は国語であった。

オキ君の旅は6ヶ月に及び旅らしく、うちらよりも一足先、1996年の6月に
日本を飛び出していた。
4年生になったばかりで周りは就職活動に追われる中、オキ君は休学して
6ヶ月の旅に出ているという。
6ヶ月というのも曖昧な予定らしく、それが1年にも及ぶ可能性もあるという。
明日の風に身を任せ~気の向くまま赴くまま~というのが 彼のスタイルのようだった。


すでにタイ第二の都市、北部に位置するチェンマイに行ってきたばかりで、

「いや~チェンマイは涼しかったデスヨ。やっぱりバンコクと違い、落ち着くよ。
 あとは自分で実際に行って見てよ。『百聞は一見にシカズ』だよ」

と、やっぱり国語の先生を目指しているだけのことはあることを言っていた。
そんな話を聞いていて、俺的にもチェンマイへの魅力が一気に高ぶった。
でも、結局は、今回も次ぎの旅もバンコクから南下してしまうのだが。

オキ君は、これからの予定は特に決めていないと言っていたが、次ぎは
インドに行こうという事は ぼんやりと考えていると言う。
ここで同じくインドに焦がれるナリタヒデキが

「ふむむ、、ソウデスヨネ。やっぱり旅の醍醐味はインドデスヨネ。
 タイよりも喧騒がすごくて人間がきついのだ、ふむむぅう。
 僕もインドを 旅してみたいのですよ。世界の中心と言うじゃないですかインドは。


 人間の根底が見える気がするんデスヨネ。騙されるのも騙される方が悪い!
 騙し合いの中に人間存在の本質が見えてくるのだ!
 生か死!それはインドじゃなきゃ駄目ナノだ!ふむむぅうう」

と、いつものフムム口調とは打って変わって、新たな生きがいを見つけたのだ!的に
周りの皆がひくほどの「人生=旅、男一匹=旅」論だった。

「そうかもしれないね。そうそう」

と一言だけ、オキ君は言いながら、深くかぶっていた白い帽子を被り直した。

「そんなん気にしないべ!人生長いよ、インドだけじゃないべ、人生は」

と、その辺のタイ人をカラカッていた町田君は、今俺達はタイに居るんだからよ!
面倒くさい話はナシにしようや!という感じで、すでに生ぬるくなったシンハビアを
ひたすら飲んでいた。

その後、同じ場所で同じビールを飲みつづけることに飽きた俺達は場所を
移動することにした。
深夜までうるさく音楽がガンガン鳴り響くカオサン通りをやめて、 少し離れた
静かな寺院の脇のソイを入った所にあるゲストハウスのラウンジで
飲みなおすことにした。

そこで、町田君は今日までの旅物語をはじめて口にしたのである。

 
(つづく)

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