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微笑みの国で雨にウタレテ・・・90′s 其ノ十四

2015/09/07

結局、マイという町田君が気にっている女性には会えないまま、
どうやらマイはチェンライに行っている・・・という情報だけを得た
俺達はようやくアパートを後にした。

外に出た途端、再び生温ったるい熱風が、俺達に覆い被さるように、
澄み切った空から吹き込み、喉をカラカラ刺激してきた。
俺は、また長いかもしれない帰り道を思うとぐったりせざるを得なかった。

アパートの門の所には、何匹もの野良犬達が同じように体を
”ぐだん・・”とさせながらうな垂れていた。
さっき間違えて行ってしまったプラ・ラーム・ハー通り沿いの歩道で
やっぱり同じようにうな垂れて、その独特の哀愁漂う何かを目で
訴えかけながらトボトボ歩いていた犬を思い出した。

何匹かは、停まっている車の下で”ハァハァ”言いながら全身
隙だらけで寝ていた。

この照りつける強烈な日差しからの一時的避難なんだろうけど、
車主が来て、せっかく気持ちよく熟睡している所を払いのけられ、
”ブゥゥルルンン”と勢いよく走り去られてしまい、唯一の日除けが
なくなってしまった後のなんとも言えない彼等の寂しそうな目を
見ているとなんだか見ていてとても痛々しかった。
それがバンコクで、野良として一人で生きていかなければならない
犬達の宿命であるのだが、だけど、よくよく考えてみると、
彼等には彼らなりの自由がありそれを横臥しているのかもしれない。

自分のシマの路地裏辺りをウロウロ徘徊していれば、その辺の
住人が餌をくれるのであり屋台の残飯にありつくことも出来る。
一見放し飼いで行き場のない孤独な者達よ・・・と思うかもしれないが、
実は日本の狭い家で縛られて飼われている犬達よりは、ひょっと
したらシアワセなのかもしれないなぁ~なんてことを思った。

”ぐだん”とうな垂れていた犬達のように、町田君も肩を”ぐだん”と
させていた。
「とりあえずカオサン帰ろうか?」
とオキ君が、町田君に語りかけるように尋ねた。

このホワイクワンがバンコクのどの辺りに位置しているのかが
よく分からなかったが、ナリタヒデキがバンコク・バスマップを見ながら
「比較的近いよ」
と、暗に”近いからバスで帰ろうよ~”なんてことを言い出しそうな口ぶりで言った。

「ここはよ~もう近いんだったらタクシーで帰るべ」
と、町田君は低い声で、ナリタヒデキの期待を裏切るような感じで言った。
どうやら、本当ならば今日、ゴーゴー・バーで知り合ったというマイに
会えるはずだったのに、町田君に伝えないままタイ最北部のチェンライに
行ってしまった・・・ということに、自称”限られた時空旅人”の町田君は、

「もう会えないんじゃないか・・・・。会えるとしても次はいつ会えるのかも
ワカラナイ。。それに、ひょっとしたらもう会うことはないんじゃないか・・・。
タイ人なんていつどこに行ってしまうのかもワカラナイ。。今日のように・・・。
広大なタイの何処かに居たとしても、見つけ出すことなんてデキナイヨ。
連絡だって取り合うのムズカシイだろうし・・・もうアエナイんだ。。」

という、強烈なマイナス思考が、どうやら体中をぐるぐる廻っているらしかった。

南の島のサムイ島で知り合った台湾女性の弟が事故死し、発狂寸前の
彼女を、鋭い心の痛みを感じながらも島に置き去りにしてきてしまったことを、
ここバンコクに戻ってきた後も表面に出さないまでも内心では
後悔にさい悩まされていた町田君が、いくら下心丸出しとはいえ、
そのマイという女性に夢中になっていたのは、深層心理にこびり付いて
なかなか取れないその後悔と恐怖を一時的でも払拭したい・・という気持ちで
一杯だったからだ、というように、同じく暑さと緊張で脱力感に覆われいた
俺達は良いように解釈しはじめていたこともあって、だから、マイが
今バンコクに居ないという事実を前に、

「おいおい、そんなことぐらいで落ち込むなよ~。これはほんのヒトトキの
素晴らしき恋であった・・・のであって、そこには微笑みがあったんだ。
それでいいぢゃないか。南の国での出会いや恋に本気になっちゃイケナイんだ。
旅上の恋はその土地々々に置き去りにしていかなければならないんだ」

なんてイッパシことを言えるわけもなかった。

そしてまた「バス派」のナリタヒデキやオキ君達も
「バスで帰ろうよ!」
なんてことは言えず、この時は素直にタクシーで帰ることを了承していた。

やっぱりナリタヒデキが言うように、ホワイクワンからカオサンまでは
比較的早いルートがあることをナリタヒデキが確認し、タクシーの
運ちゃんに地図を見せながら、

「このルートで行ってくれ」
と、さえない英語で説明していたが、その運ちゃんは金切り声で
「ソンナコトシッテンダヨ!」
みたいなことを不機嫌な顔をしながらタイ語で言っていた。

帰り途中、現国王が住んでおられるチットラダ宮殿を通過する前の
踏み切りあたりで、何人ものポリスがけたたましくウロついていた。
停車しているパトカーも何台もあり、そのけたたましくグルグル廻る
サイレンを見ながら、ナリタヒデキが
「王室の誰かが外出するのかもしれないよ」
と、知ったかぶりの口調で言った。

しかし、ポリス達は検問している訳でもなく、俺達の乗ったタクシーも
案外すんなり踏み切りを渡り、宮殿横を通過することが出来た。
宮殿敷地廻りは堀と鉄柵で夥しく囲まれており、そこには一定間隔で
長銃を手にした頑丈な警備兵がジッと立っているのが見えた。

「ここって、現国王が住んでいる場所だよね?」
と、ふと俺がナリタヒデキに聞いた。
「そうだよ」

と、ナリタはすぐ答えた。

「ここって入れるの?」
と、さらに質問を続けると、あきれたような顔で
「入れる訳ないだろう。日本だって皇居には入れないだろう」
と言った。

俺もナリタのそんなあきれ顔にムッとして
「皇居内の館やナントカ御殿には入れないけど、正月の時とかの一般参賀の
時とかは、参列者は皇居の敷地内に入ってゆけるだろう。そーいうことを
言っているんだよ」

「そんなの知らないよ」
とナリタは半分無視しつつ、流れ行く外の景色を見ながら、
つぐんだままの口から「ウカォア、ウカォア」と、奇妙な音を発していた。
どうやら、去年まで住んでいた寮時代から皆に止めろ!と言われていた癖が
未だに直らないでいるらしかった。

そんな俺等のヤリトリを一向に気にすることなく、オキ君や町田君等は、
その間、目をジッとつむっていた。

カオサンに着いた俺達はいったん宿へと戻り、体に染付いた汗と
喧騒の匂いを洗い流し、洗濯物でカビ臭くなっていた部屋をファンで
無駄な換気をしてから、一階のラウンジにダラダラと集まった。
しかし、いくら待っても町田君が姿を現さなかった。
俺達はシンハビアを飲みながら、ダラダラとあまりコトバを発さず
たまに流れてくるさわやかな風に身を預けていた。

しばらくして、突然、町田君が息を切らしながら笑顔で走り込んできた。
すでに着替えたはずのTシャツは、再び汗に滲んでおり、ハァハァと
息も弾んでいたのだが、一息もいれることなく町田君が喋り始めた。

「俺、今日の夜行バスでチェンライ行ってくるわ」

確実に「突如勃発型発作的ドタバタ旅」は、俺達の廻りで動きはじめて
いたのである。

(つづく)



*「この物語は100%ノン・フィクションですが、登場する
人物名及び団体名はフィクション(仮名)です。