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微笑みの国で雨にウタレテ・・・90′s 其ノ十一

2015/05/20

カオサンの路地裏の店でオキ君と会った翌日、俺とナリタヒデキと
オキ君と町田君は、町田君がパッポンという歓楽街のゴーゴー・バーで
仲良くなったという女性に会いに、その女性の部屋探しを慣行するため
俺達は「エイヤ!」と勢いよくバンコクの街へと繰り出した。

町田君は、その女性が英語とタイ語交じりの、一見、象形文字的な文字を
羅列した感じの住所を書いてくれたメモを持っていたが、
俺ら4人ともそれがどこか分かるはずもなく、誰かに聞きながらその彼女の
アパートを目指すしか方法はなかった。しかも、その紙切れも見せる度に、
その書かれた住所が雑であることだけが判明していき、一向にその正確な
場所は分からなかった。

とにかく俺達は、道端で聞いたタイ人に言われた63番の市内バスに乗り、
また、バスの中の料金徴収おばさんに、この住所に行くにはどこで降りたら
いいのかを聞いた。
料金徴収おばさんは、

「その辺りに着いたら言うから、大丈夫だから大丈夫だから!」

と、やたらに大丈夫だから(マイ・ペン・ライ!)を繰り返していた。

排気ガスを撒き散らしながら走るバスの外の風景は、時間が経過し、
市内を離れて行くんだなぁ~と思う回数に比例するように、その風景も
同じようなものに変わっていった。
そんな市内とはうって変わって殺風景な風景を見ながら、昨日、カオサンの
路地裏の店でオキ君が、そんなことを言っていたことを思い出した。

幹線道路沿いに決まったデザインのコンクリートの長屋が建ち並び、
ふと、今まで1階は店舗の連続だった長屋から、1階も住居という長屋に
変わっていた。
その長屋の1階の変化に伴って、オキ君が言うことが正しければ、着実に
市内から市外へと動いているようだった。
でも、市内と市外の境界線を示す根本的なものが何なのかは、その時は
よく分からなかった。
そのくらい、都市の境界というものが明確でなく、且つ乏しかった。

長屋と長屋の間には、ソイと呼ばれる路地と、そのソイの番号を示す看板が
立っているのがほとんどだった。

「どこも同じようなつくりだなぁ」

とぼんやり考えていると、

「おいおい!町田!何処向かってるんだよ?俺達?」

と、ふとオキ君が呟いた。

雨季真っ盛りの季節であったが、そこはカラカラの晴天であり、オキ君や
町田君の額には汗が滲んでいるのが分かった。

「いや・・・もうすぐだと思うけど。。」

自信なさげに町田君が言った。

バンコクがどんな都市構造をなしているのかすら全然想像がつかない訳だから
ムリもないのだが、目的地がどこかも分からないのは、この炎天下で乾燥しきった
天候の中では結構疲れるものだった。

ナリタヒデキは、ガイドブックとその女性が書いた住所とを照らし合わせながら
なんとか地理を把握しようとしていたのだが、住所が読みづらい英語と、
そして訳の分からないタイ語で書かれているもんだから、なかなか正確な場所を
掴めずに、イライラしているようだった。
そんな様子を見ていて、俺はなんだかバスに酔い初めていたし、急速に
前日までの疲労が体の芯から滲み出ているような感じだった。

1時間くらい走っただろうか、ようやく、前方の運転席の隣のシートにだらんと
座っていた料金徴収おばさんが立ち上がり、おばさんから見て右側の席に
これまただらんと座っていた町田君に目で合図した。
どうやら目的地が近いらしい。

「もうすぐ着くぞ!降りろぉ~!」

と、どうやらそんな事を言っているようだった。

俺達はバスを降りた。
どうやら相当、郊外まで来てしまったみたいだった。
ここの地名も場所も分からない。
廻りを見渡しても、住居と思われる長屋しかなく、店といえば、道端の屋台しか
見当たらない。

幹線道路沿いということで、交通量が激しく、また排気ガスも異様なほどに
辺りに撒き散らしていた。道を見ると、口にマスクをしたポリスが交通誘導をしていた。

通行人の中にも口を手で押えながら道を横切る人が居た。
空気も排気ガスにまみれて、どこか澱んでいた。
せっかくのいい天気も、排気ガスで、なんだか台無しに思えた。

「夕方に降る夕立が、朝から汚れに汚れた空気を洗い流し、澄んだ空気に
変えてくれるんだよ。なんだか上手くできているんだよね。
タイはね、”なんとかムリヤリこーしてしまおう”みたいなことをあんまり考えてない
ところがいいんだよ」

と、そんなことを、カオサンで会った、1年かけてユーラシア大陸を旅している
40過ぎの旅行者が語っていたことを思い出した。
その時は「そんなもんなのかなぁ」と思うだけだった。

「とにかくそのへんのタイ人に聞いてみようぜ」

と町田君が言った。

俺達は、とにかくその辺を歩き回り、同じくその辺を歩いているタイ人に、
その町田君の知り合いの女性の書いたメモを見せながら聞くことにした。

するとどうやら辿り着いた所が、メモに書かれた住所とは相当離れた
トンデモナイ所であることが分かったきたのである。

「おいおい!ここはプラ・ラーム・ハー通りだ。このメモに書かれている住所は
ホワイクワンだぞ!違う違う引き返せ!この先行ったらノンタブリーってとこまで
行ってしまうぞ!」

と、そんなに大きな声とアクションで言わなくてもいいじゃん!というくらいな
大袈裟な態度で言う、そのタイ人男に少々腹を立てながらも、
あの乗ってきたNo.63のバスの料金徴収おばさんと、63番のバスに乗れ!と
言った道端のタイ人の顔を思い出しつつ、そのいい加減さとヘラヘラ笑いに
俺達は相当、腹を立てていた。

時計を見ると、午前11時を少し廻ったところだった。

「どーするよ。先、そのホワイクワンってとこまで行ってしまうか、
それとも先に飯食う?」

とオキ君が言った。

「いや、もータクシーで言っちまおうぜ!」

と、早くその女性に会いたい町田君は言った。

しかし、その女性にも別に会わなくても、そんなことはどーでもいーよ的な俺と
ナリタヒデキはとにかく、その辺で休息を取りたかった。
この時間になれば、取り巻くすべてが酷暑・猛暑であり、照り付ける太陽の日差しが
俺達の体力を急速に奪っていった。

Tシャツに短パンを履き、サンダルという軽装ではあるが、なんだか
肩から吊るしているカオサンで買ったバック(と言っても小物用の民族意匠的バッグ)や
短パンの中に隠れるように腰に巻き、所持金すべてを入れている”腰巻”がやけに
重く感じた。

しかし、こういう時は、少しでも旅慣れて、そして明確な目的を持った旅人が
主導権を握ることが多く、俺やナリタヒデキみたいに主張というものをあまり
持たない人間は、とにかくその場で明確な目的と場所、そしていい旅と思い出を
演出してくれる旅人に委ねるしかないのである。

「とにかく、その女性に会いに行こーでないの!」

と、またオキ君が昨日の口調で行った。

「ホワイクワンだと、ここからだと、○○番のバスで行けると思うよ」

と、ナリタヒデキが、”バンコク・バスマップ”を大きく広げながら言った。
額から流れ落ちる大量の汗が、バスマップに零れ落ち、滲んでいた。

俺は内心、

「でたよ・・・・貧乏性。いいじゃんタクシーでよ。ここまで来て今更またバスかよ」

と思いながらも、口にはしなかった。

この4人の中では、とにかくナリタヒデキとオキ君が「節約派」であり、
俺と町田君がどっちかと言うと「快適派」であった。

でも、女性に会いに行くために、いくら半自主的とは言え、他の3人と道連れに
している町田君の立場的には、この場合は、やっぱり「節約派」に回らざるを
得ないようで、

「じゃーバスで行くべ!歩道橋渡って、とにかくあっちまで行くべ!」

と、相変わらずの山形弁で言いながら、ペットボトルの水を飲み干した。

明確な場所と、そして目的地までの時間が分からない、あのまるで時間が
ピタッ!と止まったように長い”果てしない道のり”と、そこから来る気だるさを
また感じなければいけないのかと、ヘトヘトになった思考と足取りで、でもとにかく
3人の後を付いていくしかなかった。

「しょーがねぇ。しょ~がねぇ~。とにかく旅に慣れる、バンコクに慣れるまでの
ガマンだ。初めての旅なんて、所詮コンナモノサ・・・」

なんて、一人自分に言い聞かせながら、俺もペットボトルの水を口にするしか
なかった。

プラ・ラーム・ハー通り沿いの歩道を、しょぼくれた犬が同じようにヘトヘト歩いていた。
とにかくノラ犬をよく見かけるのだ。やせ細った犬が多いが、それでも
排気ガスまみれの街と共存して生きているように見え、なんだか、やけにたくましく見えた。

景観上、一応植えてある木々も排気ガスまみれで、やっぱり、うな垂れて元気が
なさそうだった。こういうのも、あのカオサンであったユーラシアを1年かけて
旅をしている40過ぎの旅行者が言っていた

『タイはナンデモカンデモなすがまま・・。ムリヤリはムリヤリは・・・
イケナイイケナイ!イケナイのだ!』

ということなのかぁ、なんてボンヤリ思った。

あてのない、広いようで実は狭いそんな街の中を、とにかく次のバス亭まで
トコトコと俺達は歩くしかなかったのである。

この時はまだ、本来の旅の意味合いと取り巻く状況が変わり始めていることに
気づく由もなく、ただただトボトボと同じ所を廻っている感じだった。



(つづく)