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微笑みの国で雨にウタレテ・・・90′s 其ノ八

2014/11/28


町田君がサムイ島で知り合った台湾の女性は、男女4人のパーティで、
大学の夏休みを利用してサムイ島に来ていたとのことだった。
仲間構成は、その女性とその弟、友人の女性、そして同大学の友人男性で、
町田君があるチャウエン・ビーチ一帯のこじんまりしたバーで飲んでいる時に
知り合ったグループであった。

サムイ島はタイ1、2のリゾートで、一年中観光客で絶えない島である。
世界中から多くの外国人(ファラン)がやってきては、息抜きをしている所である。

日中は白銀の海岸線沿いで照り付けるギンギラギンの太陽の下で肌を
こんがり焼き、少し熱さがやかましくなってきたらエメラルドの海でその熱を
放出するのである。

そんな日中の嬉しい疲れを、夜はほろ苦いシンハ・ビアで癒し、さすらいの
弾き語り放浪野郎達が、ギターとパーカッションで奏でる粋でシンプルで
美しい音色に身を揺らしながら南国の風に吹かれるのである。

その南の島のバーで町田君グループと台湾女性のグループは出会い、
異国での異国人との出会いに興奮、祝福し、開放感に浸りながらひたすら酒を
飲み続け急速に酔いは深まっていった。
同時に南国の夜も深まり、そんな深まりと反比例して空の無数の星達の輝きは
増していった。

町田君達はそんな夜の星の輝きの下で、島中をバイクで走らそうということになり、
夜遅くまで開いているレンタルバイク屋へ行き、3台のバイクを借りたのである。
2人乗り3台のバイクは夜の島の砂利道を結構のスピードで走らせていった。

酔いもあってか、状態が悪く、昼間の夕立で溜まった水溜まりの多い道でも
彼らのスピードと開放感は増していくだけであった。
ふと、一つの峠を越えた辺りで、急に道の状態が良くなった。
それがスピードに拍車をかけたのだ。
そして、自分達がスピードを出しすぎていると・・そんなことになんとなく気がついた時
は、すでに時遅し・・であった。
知り合った女性の弟達が乗るバイクが対向車線を走る対向車と正面衝突を して
しまったのである。

初めての海外で経験するには想像を絶するような経験であった。
運転していたその彼女の弟は血まみれで動かない。
町田君達も台湾の彼ら達もここタイでは異国人であり、どーしたらいいか分からない。


それ以上に、混乱と動揺も 自意識できない程のパニックが彼等を襲った。

狂乱する彼女をそばにどーすることもできない町田君達は、対向車の運転手が
呼んだポリスにすべてを任せるしかなかった。

やがてノロノロとやって来たポリス達であるが、どこからどう見ても緊張感が
伝わって来ないのだ。

「どうした?倒れている奴はおまえの仲間か?」

とタイ語で聞くだけであり、特に急いで救急車を呼ぶ気配すらなかった。
そんなポリス達に苛立ちを隠せるはずもなく、なんとか英語で捲くし立てるのだが
伝わっている気配もない。
混乱・動揺・苛立ちの中で、町田君達は、対向車のタイ人にすべてを任せるしか
なかったのである。

町田君達がポリス・ステーションに連行され、事情聴取を受けたのだが、
ここタイの事情聴取は、ただタイ人担当官が記録をノートにだらだらと書き込む
だけであり、そこに事件への捜査・解決・そしてケアに向けたものは皆無に等しく、
不安をかき消すような要素はなかった。

そして、ようやく現場に到着した救急車に担ぎ込まれた台湾女性の弟の安否も
知らせてくれるはずもなく、目一杯の不安にかられた夜が明けるのに気付くのに
そう時間は掛からなかった。

翌日、やっと仲間達と合流出来た町田君達であったが、混乱する彼等から
弟の死を悟ることは容易であった。

なんだか分からないけれど朦朧とする町田君達は、何をどうしたらいいのか
考えることもできないまま、只々、彼等を置いてバンコクへと戻るしかなかった
のである。

逃げるようにスラターニーからバスで12時間かけてバンコクへと戻り、とにかく
冷静になるために、サムイ島へ行く前に居た同じ宿をとり、夕方から降り
始めた雨を見ているしかなかったのである。

そんな時、同じ宿に居た数人の日本人旅行者に出会い、カオサンのある
レストランへと出向き、そこでオキ君と知り合い、その後、屋台でダラダラと
シンハビアを飲んでいた俺らと出会うことになったのだ。


町田君のそんな経緯を聞いている途中は興奮覚めやらぬ感じの俺だったが、
一通りの話を聞き終えると、急速に酔いが体中を巡り始めた。
どうやら話に聞き入っているうちに、気付かないうちに相当量のビールを
飲んでしまったみたいである。

酒は好きだけど、でもあまり強くない俺は直下的な睡魔に襲われた。
時計を見ると午前2時を過ぎていた。
ふと廻りを見回しても、隣に座っていたドイツ人カップルも、カウンターの黒人も
他の客の姿もなく、相変わらず気だるそうなタイ人ウェイターだけが椅子に
座って顎膝を付いていた。

さっきまで黙って話を聞いていたオキ君が、

「俺達も寝よーぜ」

と言いウェーターを呼ぶと、眠気眼なそのウェーターはふて腐れたように
「460バーツ」と言ったので、それが気になったナリタヒデキは、さくさくと
500バーツを渡し、おつりの40バーツもチップとしてあげていた。
俺達もだいぶ疲れているようだった。

しかし、旅の興奮が体の芯あたりに蠢いている俺達は、朝、バイクや
トゥクトゥクやバスが吐き出す排気ガスや騒音を聞くと、
「おー!これがアジアの都市の喧騒や焦燥か!」
などと単純に言いながら、いつの間にか重く苦い疲れもどこかに
吹き飛んでしまっていたのである。

朝の直線的な雨と夕方の中途半端なダラダラ雨模様の隙を狙って、
俺達はバンコクの喧騒の街中を、これまたダラダラと、でも貪るように
歩き続けた。


(つづく)