M&A月報 No.174号 「国王陛下のアユタヤご視察と和解法案国会提出」

プミポン国王陛下が昨年洪水で大きな被害を受けた中部アユタヤ県をご訪問された。
国王陛下がバンコクを離れ地方へ行かれるのは、
2009年9月のご入院以来、実におよそ3年ぶりのことである。

同県では、かつて国王陛下がコメの収穫を行われた、
洪水の際に一時的に水を貯水しておく農地を視察された。
国王陛下は洪水被害以降、同地の状態を気にされており、
強いご意向もあり今回のご視察が実現した。

中部域で洪水による大量の水を受け止め貯めておくという計画は、
国王陛下が考案し、以前から実施を促進されてきたもので、
タイでは「ゲーン・リン(猿の頬/モンキー・チークス)」プロジェクトと呼ばれている。
由来だが、餌を与えられた猿が、いったんすべて口に入れて頬を膨らませ、
あとで口から取り出し、少しずつえさ食べる習性と、水を貯めておくという発想が
似ていることから、その名が付いたとのことである。

多くの住民が大歓声で出迎える中、国王陛下は王妃や王女と共に記念式典にご出席された。
式典の模様を愛用されておられるカメラで撮影されたり、双眼鏡を使われたりと、
国民にお元気なお姿をお見せになられたことを嬉しく思うと共に、
被災した住民も大いに勇気付けられたことと思う。

毎年紹介している始耕祭であるが、今年も皇太子殿下ご出席の下執り行われた。
儀式では、広場の中に特設された畑で、祭主を先頭に2頭の雄牛が「黄金のすき」を引き、
女性らが種をまく。その後、牛にはコメ、酒、草、豆、トウモロコシなど
7種類のえさが与えられる。

今年の儀式では、「土地の低いところでは降雨量は適度で、豊作」と出たが、
「土地の高いところでは水不足」と予言された。
「適度な雨量」は昨年と同じ結果で且つ洪水問題の記憶が新しいだけに
一抹の不安を感じずにはいられないが、先の洪水が人災であるのならば、
あのような甚大な被害は当分起こりえないだろうと思っている。

一昨年前の5月騒乱、治安部隊による赤組強制排除「ラチャプラソン53」作戦から
2年を迎えた19日、昨年に続き、赤組はかつて占拠した交差点で5万規模の集会を開き、
犠牲者追悼や当時のアピシット政権に対する糾弾を行った。

警察隊との衝突等もなく、無事散会したことに安堵しているが、100人近くが死亡、
1,400人以上が負傷した大事件から2年経つにも関わらず死傷者に関する捜査が
あまり進んでいないことを懸念すると共に、今なお逃亡中のタクシン元首相の帰国、
復権を巡り根深い政治対立が続き、和解までの道のりがまだまだ長いことを憂慮している。

元首相は
「今我々は、これまでのこだわりや偏見を排除し、王室などを中心に気持ちを
 一つにすることが大切だ。国民和解のために、社会や司法制度への怒りを静めてほしい。
 我々は個人的な問題より全体を考えなければならない。民主党が和解を望まないなら、
 私は海外にいるだけだ。しかし、もし和解するなら私の帰国を認め、
 国のために働かせてほしい」
と述べた。
先月のラオス、カンボジアツアー時には、年内帰国を宣言したが、タクシン流で、
貢献党議員や支持者を定期的に鼓舞し、なんとか帰国を早期実現化したい元首相の
演出はさらに続くであろう。

国会の和解特別委員会で委員長を務めるのは、2006年のクーデター時に
陸軍総司令官であったソンティ氏である。
ソンティ氏は
「タイの国内対立ではタクシン派と反タクシン派の勢力は伯仲している。共に話し合い、
 そして許し合わなければ衝突は再び起こるだろう。06年のクーデターについては
 今の物差しで評価はできないし、また当時と今の国の雰囲気も比べることはできない。
 まだ票を金で買え、不正や汚職が蔓延する状況下ではクーデターは再び起こり得るだろう。
 ただ、今後は軍は前面に出ず、文民の中より指導者を担いでいくべきではないか」
と取材に対し持論を展開した。
クーデターの首謀者、つまり元首相を国から追い出した張本人が、今度は元首相の
無罪放免を含む法案を国会に提出する、ということが起こる国なのである。
政治家同士の争いが、国民を利用し振り回しているだけなのか?

ソンティ氏が中心となってまとめた06年のクーデター以降の政治対立解消を目指すとする
「和解法案」は、クーデター前後以降の政治関連の事件を「なかったこと」にし、
元首相を含む人々に恩赦を実施するという内容となっている。

与党タイ貢献党は、「法案へのスタンスは決めていない」としているが、早期成立に向け
動き出すのは確実であろう。しかしながら、野党や反タクシン派は早くも法案に
抵抗交戦する構えを示しており、ミャンマーのアウン・サン・スー・チー氏が
24年ぶりの出国で最初の訪問地タイで世界経済フォーラムに出席、そして当法案の審議が
スタートするタイミングで、早速反タクシン派の黄色組が反対集会を開くなど
具体的活動が活発化、法案の扱い次第では新たな政治混乱が起き、
長期戦になる可能性も出てきた。

当法案は、これまで交互に反政府活動を展開してきたタクシン派の赤組と
反タクシン派の黄組の双方について、それぞれが起こしてきた問題をすべて水に流し、
進行中の司法手続きや、既に裁判所が下した判決についても取り消すとしている。
このため、国の司法制度の独立性や信頼性をめぐる議論も噴出するであろうし、
反タクシン派からは「事実上のクーデターだ!」との反論が相次いでいる。

和解法案の主な内容は下記の通りである。
(1)05年9月15日~11年5月10日まで政治集会、政治的意見の表明について、
 違法であるとみられるものであっても違法としない、また違法行為もその責任から免れる。
(2)法案発効後は、政治関連の人物に対する捜査や訴追、既に裁判が行われている事件も
 審理を中止する。さらに既に判決を受けている者はその有罪判決がなかったこととみなし、
 刑に服している者は刑期を終わらせ、釈放する。
(3)クーデター後に設置された治安評議会の責任は問わない。政治活動を禁止されている者は、
 その禁止処分を解く。

まさにタクシンのタクシンのよるタクシンのための法案といっても過言でない内容であり、
法案が可決、もし元首相が帰国することがあっても、本当の意味での国民和解が成し遂げられ、
政治対立も解消、衝突のない平和な国家に再び戻るのか、元首相の暗殺の噂は消えうせるのか、
今後の国家の進むべき方向性を決定づけていく重大な岐路に、
今タイは立たされようとしている。 

さて一方、主役の代理人として目下奮闘中のインラック首相であるが、
国内物価が上昇しているとの見方があることについて、「洪水と猛暑による気のせいであり、
モノの値段は下落傾向にあると確信している」と語ったことについて猛反発を喰らっている。

主要紙も
「政府・首相と国民のどちらの眼が曇っているのか、それとも国民の脳が暑さで焼けてしまった    
 のか。支持母体でも物価上昇を嘆いている中、物価下落を強弁する首相はわずか1年前に
 ビジネス界から転身したにも関わらずようやく一人前の政治家になった」
と皮肉を込めた記事を掲載している。
日本も同様だが、政府の支離滅裂な人気取り政策は、中長期的には国民の不信感を
醸成しかねない。

世論はどうか?
タイ東北部経済研究所が同地域20県の住民にインラック政権の6分野の業績を聞いた
世論調査「イサーン・ポール」の結果を発表した。
タイ東北部は、与党タイ貢献党が強固な地盤を持つ地域である。

各分野の施策への評価は下記の通りであり、さすが地盤だけに総合的には「合格」を
叩き出しているが、目下話題の経済・物価対策では6割が「落第」と評価した。

・総合的業績=合格81.3%、落第18.7%
・政治・民主主義=合格74.2%、落第25.8%
・経済・物価=合格41%、落第59%
・社会・犯罪・麻薬=合格62.4%、落第37.6%
・環境・公害・自然災害=合格68.8%、落第16.3%
・外交=合格83.7%、落第16.3%

今の所、PR戦略が好調な外交について高得点を叩き出しているのは納得である。
また、政府に早急に解決を求める問題は、物価高騰、賃金、借金、麻薬などの順となった。

憲法改正案、和解法案など、今後の国家のかたちに大きな影響を及ぼすであろう政治的に
重要な法案の審理、手続きを抱えながら、目下急務の経済、物価、賃金等政策をどう担い、
展開していくのか、国民の視線が注がれる中、重大なことは多く語らない(語れない?)
首相の手腕がまさに問われようとしている。

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