M&A月報 No.178号 深刻な労働力不足と揺れるコメ担保融資問題

 

タイを襲った過去最悪の洪水被害より1年が経過した。
 
洪水被害なんてどこ吹く風、日本における政策に危機感を持つ、特に中小、零細企業の
タイ進出が加速しており、タイ当地では、その数に反比例する形で工業用地、工場物件、
労働力不足の問題に直面している。
特に深刻な問題が労働力で、目下タイは失業率0%間近と言われるレベルとなっている。
 
タイ政府も、あのような大規模な洪水が2度と起こらないよう、巨大予算を投入しての
大規模治水工事をはじめ、防水壁の設置、ダムの推量管理など重点的に行っているが、
労働者は、高待遇の国家事業である治水工事に大きく流れているようである。
 
また、田舎に一時帰省後、気が変わり工場等には戻らず農業に再従事する人が増えており、
目下、就業者数は前年同月比で10万人増加、農業就業者は1646万人(前年同月比43万人増)、
非農業は2308万人(同33万人減)となっている。
 
隣国よりの出稼ぎ労働者も増えているが、母国におけるインフラ等大規模工事に呼ばれ、
一度帰国すると戻ってこないケースも多く、今後進出される企業は、
隣国に比べ高水準な賃金への対応、労働力確保が顕著な急務事項となり、
特に労働集約型産業は厳しい条件に直面していると言えよう。
また、現地への権限移行化やスピード感ある経営の意思決定なくしては、
良い人材も集まらない時代に突入している。
 
タイは今まさに、高度技術・付加価値をもった企業及び事業の積極誘致、奨励付与だけでなく、
タイ中小企業の海外投資促進の政策へも舵を切り始めている。
“タイへ進出”から、“タイが進出”へと時代は変わりつつあるようだ。
先に農業再従事者の増加について述べたが、政府肝煎りで昨年より実施している農家支援策の
コメ担保融資制度が大きく影響していると言えよう。
 
その名の通り、コメを担保に政府が農家に融資を行う制度で、政府はすでに
2012年~13年収穫期にコメ担保融資を継続することを決定し、
約2600万トンのコメを担保として受け入れ、
融資予算は4050億バーツ(約1兆300億円)を計上している。
 
しかし、当該融資額は、コメの国際価格を大幅に上回る担保価値を認めているため、
実際には政府の買い入れと指摘され、農家へのばらまき政策、
国家財政への多大な損失とギリシャのような財政危機を招くとの批判も多い。
 
また価格上昇は、タイ産コメ輸出の激減を招き、実際、タイは世界1位のコメ輸出国にも関わらず、
今年1~8月の輸出は436万トンとベトナム、インドに次ぐ3位に転落している。
 
インラック首相は、
「担保融資制度は農家支援につながっている。一部問題があることを認めるが、
 農家所得を増やし景気を刺激する効果はある。同制度を実施しなければ、
 コメ価格は値崩れを起こすだろう。国に損をさせることはない。
 また、政府が抱えたコメ在庫も一時的に債務が膨らむだけで、売却は可能だし売却後は
 債務返済できる」
と述べ、政策に理解を求めているが、反対の声は大きく、一部の大学や学者、
学生が“公正で自由な競争を行う権利を規定した憲法43条に違反するなど”として
憲法裁へ差止めの訴状を提出する事態に発展。
 
憲法裁は当該訴状の却下の判断を下したが、この問題、赤組派である地方の農家の
圧倒的支援を受けて政権を奪取した貢献党の重要公約の一つであるがゆえに、
背景に政府VS反政府 の対立も見え隠れしていることは否めず、
やがて大きな問題、衝突勃発へのきっかけとならないことを念じている。
 
「今、総選挙をしたら勝つのは貢献党?もしくは民主党?」との世論調査が実施された。
インラック人気か、タクシン元首相の影響力か、63.4%が与党貢献党と答え、
一方の野党民主党と答えたのは36.6%にとどまった。
以下、項目毎の回答である。
 
「国の課題に対する関心」貢献党53.7%:民主党46.3%
「国民向けの政策」貢献党63.8%:民主党36.2%
「国民への責任」貢献党54.3%:民主党45.7%
「国民の望みへの反応」貢献党66.7%:民主党33.3%
 
いずれの項目も与党が野党を上回り、インラック政権、貢献党の安定力と強さ、人気を裏付けた。
 
そのインラック政権の内閣改造が行われたが、特に注目すべき人事はないように見受けられ、
それよりも影響力を行使したタクシン一族の「ビッグ4」の方が注目された。
 
ビッグ4とは、タクシン元首相、元首相の元妻であるポチャマン夫人、元首相の妹ヤオワパー氏、
そして元首相の末妹のインラック首相の4人である。
1年前の政権発足以降、インラック首相が組閣に関わった形跡はほとんどなかったが、
今回は一定の希望を通したとされる。
しかし、相変わらず元首相や夫人、ヤオワパー氏の意向は強く反映されていると言わざるを得ない。
 
今年5月末に政治活動禁止処分を解かれた「111人組」の復活や、
上述のコメ担保融資制度をめぐり批判が集まる商業相の留任などである。
 
当面、タクシン一族による国の運営、舵取りは続きそうである。