M&A月報 No.173 号 「評論家ティラユット氏の講演」

 

インラック首相が、4日間の日程で、初の日本訪問を行った。
当地新聞の一面には、笑みを湛えた両首脳の写真が掲載された。
日本よりは、洪水に対する今後の対応、また水害時の対応が遅く、
情報も不足した点に言及された様で、インラック首相は、
水害は二度と起こらぬと自信の程を披露したようであった。

日本よりは洪水対策の各種支援に付き、提案も為されたようでもあった。
インラック首相としては、今回の洪水は治水事業をやりたい人々が
人為的に起こした事であり、さらには、これにより景気にブレーキが
掛かった事を歓迎する勢力もあり、タイの本根としては、
すでに、来て欲しい投資はほとんど来ており、目下の懸念は、
むしろ人材不足に来ている点なのよ、と言いたかったであろうと思っている。

日本政府はこのような点、理解しているのかとの疑問を持った対応であったし、
特需でかなり潤っている企業もあり、日系企業がタイ国で一体幾らの
利益を享受しているのか計算した事があるのかとも問いただしたい対応であった。
今回の洪水で、日本よりの進出企業で多くの被害が出た事は事実で、
これに対し、二度と起こさぬと言い、謝罪する事は、当然の今回の
最重要イベントとは思うが、心底謝罪しているか否かは疑わしいところと思っている。

利益面でかなりの貢献をしてくれているタイ国の首相の訪日にしては、
マスコミの報道がほとんど無い、日本側の対応に驚きを禁じ得ないし、
とてもこれでは彼等が望んでいる、アセアンの盟主になる事等は、
夢物語と感じるが、本当にこれで日本の将来や安全は確保出来るので
あろうか疑問を感じている。
 
インラック首相は閣議で、緊急洪水対策として、246のプロジェクトの承認を取り付けた。
総予算は248億バーツになる。
このプロジェクトは、タイ中部に洪水時の水を一時溜めて置く、農地を確保する案である。
この溜池の大きさは300万ライ(150万坪)で、この農地を所有する農家には
補償金が支払われる事になる。
まずは第一歩が踏み出された事を評価したい。
  
しかし、BOT(タイ中央銀行)は2013年度予算に付いて、
政府が赤字規模を4,000億バーツから3,000億バーツに引き下げた事は評価するも、
洪水対策の3,500億バーツを加えると、6,500億バーツになり、
今年はやむを得ないとしても、来年度より、予測されている様な、
GDP比で3~4%の増加が続けば、4~5年後には、GDP比で60%の
危険領域に達すると警告を発し、一段の歳出削減を求め、同時に徴税率の向上や、
景気拡大による歳入増を図るよう対応を求めた。
さらに、税制優遇措置の導入に伴う、歳入減に懸念を表明し、財政規律の維持を強く求めた。
日系企業は国税当局より、比較的に徴税がしやすい企業群と見られている点もあり、
且つ来年度より導入される、世界基準IFRSへの対応を誤ると、
格好の標的とされる事が懸念される。
タイ進出日系各社は自社の経理部門の再評価を厳しくする必要性も感じている。
 
4月よりの最低賃金の引き上げで、ある研究機関は、60~70万人が
失業する可能性があると発表した。
しかし、一方では、賃上げに伴い、商品の価格やサービス価格の引き上げが起こり、
物価を0.6~0.7%押し上げるとの予測も出ている。
日系企業では、78%もの会社が影響を受けるとアンケートに回答し、
撤退を余儀なくされる企業も現れると警告を発した。
 
一方、ウイラポン元財務相より本音が出た。
即ち、“政府の政策に従えない企業は、他国に移転すべきである”と言うのである。
タイは現在深刻な労働力不足に陥っており、少なくとも1,000万人の
移民労働者に頼っている。
工場移転を希望する企業には、政府は全面的に支援していくと言うのである。
労働集約的な企業は、最早支援出来なくなっている。
タイは全ての産業を維持して行く事は、不可能になった事を理解すべきであり、
こうした企業は労働コストの安い近隣諸国に移転するべきである。
タイに留まる企業は、競争力向上に向けた改革を実施せねばならないと結んだ。
 
 
著名な評論家ティラユット氏が現在の政治と社会対立に付き講演を行った。
大変上手くまとめ、的を得ていると思うので紹介したい。
同氏はタクシン政権時代には、辛らつな政権批判を行い、大きな議論を呼んだが、
今回も話題を提供しそうである。
 
”対立を繰り返す現状は、過去一世紀続いてきた、中央集権的な政治や
社会体制都市と地方の格差に根源があり、これ等の歪が背景にあると分析している。
タイでは長く権力を持ち富裕だった人々(財閥系)がいる一方、
特に地方の低所得者層は、行政政府の外に置かれてきた。
タクシン氏はこれら地方の人々に、医療の充実等を提供する事を約束する等の
バラマキ政策により、支持基盤を広げた。
それが今日も継続し、多くの庶民の支持を受けている。
2006年のクーデターはこれ等庶民の反感を買い、彼等が何かを主張する
楽しみを感じさせるようにしていった。
対立に関しては、黄シャツ(反タクシン派):赤シャツ(親タクシン派)に分かれ、
赤は黄を超ナショナリストと呼び、黄は赤をタクシンに騙されている愚か者と
批判しあった。
この両者の対立解消は短期間では困難との見方になっている。
1957年のクーデターを成功させたサリット元首相、同じく軍部出身で
未だに多大の影響力を発揮するプレム枢密院議長、並びにタクシン元首相を
タイの政治のあり方を変えた3人の重要人物と評価している。
そしてタクシン氏がタイの政治を改善して行くのか、さらなる混乱に導くのかは
時間を要すると分析し、彼は民主主義のリーダーというよりは、
マーケティングのリーダーと位置づけている。
彼は彼の支持者をサポートして行く存在とは考えておらず、
彼の製品を何時も買ってくれるお客さんと見ており、且つ赤シャツには
政治体制を変えていくイデオロギーは無く、本当の意味での政治運動とは
考えていない(この表現は非常に面白いと感じた)。

両者の対立の解決の為には、憲法改正や独立機関の在り方の見直し等、
やりたい事を急ぐのではなく、王室に近いスメート氏とか未だにNo.1の
人気を誇るアナン元首相等を起用し、彼等の意見をよく聞くべきと論じている。
また保守主義的な人々が、国王を神格化しよとするのは良くないとし、
現在の社会の環境に合わせ、王制のあり方を議論すべきと考えている。
現政府が熱心に取り組む、人気取り、バラマキ政策では、世界的に
成功した国は無いと切り捨てた(日本も同様と感じる)。

インラック首相に付いては、スマートでファッションセンスが抜群であると
のみ論評し、対抗馬のアピシット前首相については、
自分の喋りに酔ってしまう事があり、饒舌な語り口が時に
マイナスになっていると論評した。
現在の日本に当てはまる点も多々あるように感じたし、
共鳴を覚える点が多い講演内容であった。
 
例年の通り、米国の雑誌フォーブスが世界長者番付を発表した。
タイより3氏が入った。
1位はCPグループ会長のタニン氏で保有資産は70億ドル、
2位はアルコール飲料最大手のタイビバレッジ会長ジャルーン氏で55億ドル、
3位がレッドブル創業者のチャリアウ氏で50億ドルと発表された。
そのチャリアウ氏であるが、3月19日ご逝去された。
毎年同じ顔ぶれとなるが、その額の大きさに驚きを禁じ得ないが、
やはり相続税の無い事が、ある意味、企業が安定し、長期に収益を上げ、
雇用の安定化に繋がっている事を痛感する。
日本も相続税のあり方を検討する必要があると感じている。