M&A月報 No.169号「歴史的大洪水とタクシン恩赦騒動」
 
 
歴史的な大洪水に見舞われたタイであるが、やっと晴天が続き、
水も次第に引いて来た。
この度の洪水被害に遭われた方々に、改めて深くお見舞い申し上げます。
50年振りの大量の降雨があった事は事実だが、
今回の洪水は人災と巷では言われている。
 
日本滞在中によくどんな状況なのかと聞かれた。
東京にあてはめてみれば、北部の荒川が決壊し、大量の水が首都圏に
向かって流れ出し、政府は何とかして山手線の中を死守しようとした。

北側の池袋、巣鴨周辺にはBIG BAGと呼ぶ、巨大防波堤を構築し、
水の流れを東西に振ろうとした。
結果、隅田川より東側、並びに環七通りより西側は冠水、羽田空港も
閉鎖に追い込まれた。
この様な感じであろうか。
官庁、銀行機能は死守、都心の高級住宅街も守りきった。
泣かされたのは、一般庶民、低所得者層と毎度の図式となった。
 
国王のご指導もあり、タクシン元首相は得意とするゼネコン集団を駆使して、
北部よりの水を他の水路で海に流す、大々的工事を計画していたが、
クーデターにより追放され、前政権はこの予算を削ってしまい、
公約遂行の為のバラマキに使ってしまった。

大量の降雨が判った時点で、農業用水のダムを早くより開門し、
その後の水に対応すべきであったが、読みが浅く、満杯になってから
一気に開門し、且つ豪雨が重なり、最悪の状況になってしまった。

新空港の土地は、本来、今回の様な時に溜池として使用されるべき所であったが、
タクシン一派が土地を買占め、新空港として活用した為、結果的に水の流れを
止めてしまった。
 
チャオプラヤ川の水を東西に逃がさねばならぬのに、新空港もあり、
タクシン一派に配慮したのか、東への逃げ道を塞いだ為、
一気にバンコク北部に流入し、バンコク西側に大きな被害が出た。
しかし官庁、銀行等のある街の中心部は何とか冠水を免れた為、
最悪の事態とはならなかった。

人々は車を高速道路に避難させたが、中心街のオフィスビルやアパートの
駐車場は、あらゆるコネを使った人々の車で飽和状況となった。
 
政府は、洪水被災者を一般市民、農家、労働者、中小企業、大企業の
5グループに分類し、それぞれに付いての支援を行う方針を発表した。
失業、休業状態にある労働者に対しては、就職斡旋や職業訓練の実施、
その他賃金の50%を6ヶ月間支給する。
また企業に対しては、事業復旧に向けた予算の投入、各銀行や基金による
融資、訪タイする復旧支援に従事する技術者に対するビザの発行等であるが、
細則は未定である。
 
法人税、関税等の納付延期やBOIによる税優遇措置、失業者対策と給与支援、
外国企業が新規投資をする際の損害保険につき、政府の保証を求める等の
要求も出て来ている。
今後これ等の案件に付き、どの様に細則が決まっていくか注視したいと思っている。
 
バンコク北部のみと思っていたら、タイ南部を台風が襲い、同じく洪水被害と
なってしまった。
インラック首相にとっては、全くの災難続き、仏門を叩き、お清めが必要では
無いのかと感じていたら、各方面よりの非難に堪えきれなくなったのか、
食中毒を理由に入院して仕舞った。
プレッシャーにも余り強く無いようである。
 
タクシン氏は予ねてより、娘の12月の結婚式には参加したいと述べていたが、
この洪水の最中、国会で誠に奇妙な事態が発生した。
閣議が予定されている前日、インラック首相は北部の被災地に視察に赴いた。
予想以上に時間を費やし、帰ろうとすると、既に暗くなり、予定のヘリコプターでは
飛行出来ぬ事が判明。
 
軍部が軍隊のヘリを用意すると進言したが、首相はこれを断り、バンコクへの
帰還を断念し、そこに宿泊、翌日の閣議も欠席した。
その閣議は水害復興の予算を審議するはずであったが、官僚を退席させ、急遽、
恩赦勅令案が審議された。

その内容が、誰かは不明だが、ある閣僚よりマスコミにリークされた。
60歳以上で禁錮3年以内の者が対象と言い、且つ刑に服している者との条項を
外してしまった。
正にタクシン氏の為(同氏は62歳、禁固刑2年)と言われても致し方のない内容である。
翌日、インラック首相は、自分は何も聞いていない、自分は関与していないとの
言い訳を発表した。

これに対し、反タクシン派より強硬なクレームが付けられ、早速、大規模な
集会も行われた。
あまりにも酷いやり方との世論に接し、法務大臣より、タクシン氏は名簿に
含まれていないし、刑に服していない者は除外されていると抗弁し、
タクシン氏の恩赦は見送りの状況となった。
あまりにも見え見えで幼稚なやり方に世論の冷笑を買っている。
 
一説には、これは市場調査の手法で、アドバルーンを揚げて見ると、
誰が親派か裏切り者かが判る。
また帰国反対派がどの様な反応を示し、対応してくるかが判る。
これを分析し、また次の一手を考える為に、今回は無理を承知で打ち上げただけと言う人もいる。
次はどの様な手を打ってくるのかに興味が募る。
 
インラック首相は、洪水被害からの復興戦略として3Rを掲げた
(RESCUE, RESTORE, REBUILD)。

そして、国が直面する難局に対し、首相としての努め、責任を果たしていくし、
最善を尽くして仕事を続けて行くと表明し、あらゆる提案にも耳を傾け、
可能なことなら直ぐにも実行すると付け加えた。
公務員も全力を尽くしており、皆さんも彼らに思いやりを持って欲しいし、
私も彼らの苦労に思いを馳せていると述べ、今回の洪水はなん人も止め
得なかった自然災害であると結んだ。
 
しかし緩やかに南下してくるタイの水は、容易に危険を計算出来るものであり、
何処に水を逃がすかが今回の焦点であったが、実力政治家の支持基盤、
反タクシン色の強いバンコク知事との意見の相違、軍隊を早期に動員、
配備出来なかった指導力、関係者の見通しの甘さ等々、何と言っても首相の行動、
判断力に対する批判は払拭出来ない状況になっていると思う。
 
書いたものを読ませても読み間違う、国会で予算を討議しても数字の桁を読み間違う、
地方に見舞いに行ってもその市の名前を全く違う市の名前を言って失笑を買う、
重要閣僚の名前を本人を目の前にして間違う等々、耳を覆いたくなる惨状で、
記者会見も一方的に用意した紙を読み、質問は一切受け付けない、
サミット等に出席しても、只笑みを浮かべ何も発言しない、各国の要人との会食等は
もっての外、これはタイ国の悲劇とインテリ層は言うが、でも、そんな事は承知の上でも
彼女は選挙に勝利したのではないかと問い掛けると、誰からも返事が返って来なかった事が、
目下の苦悩するタイと思っている。
 
例年の通り、日本に帰国し、日本の秋を楽しんだが、TV NEWSは連日タイの
洪水被害を報道していた。
しかし何時も思う事であるが、報道とは、最も被害の出ている所のみを伝え、
その周辺はどうなっているか等を伝えない矛盾も感じた。
 
また日本では、連日TPP関連が報道され、国を二分している様な感じも持った。
私見であるが、我々は自由貿易を叫び、欧米の大企業を窮地に落とし込み、
発展してきた過去もあるし、今日本でのTPP反対者の、負ける、負けるの
連呼には残念な気持ちになる。
 
何時から日本人はかくも誇りと自信と闘争精神を失ったのであろうか。
国は小さいが、今や経済大国と評価されているのではないのか。
一方、今回のTPP参加の論議は、貿易等の非関税化より、安全保障の方が
大きい様に感じている。
米国が問うているのは、日本は独力で国を守れるのか。
将来、中国、米国何れかの属国になる方を望むのかを問われているように感じる。

本来なら、何れの属国にもならぬ。日本はアセアンの盟主であり、
アセアンと一体となって、地域の安全と発展は自分達で守ると言いたい所であるが、
現野田政権では無理な相談のような気もするし、時間も経過し過ぎ、
機会を逃した様な気もする。
 
今後は外務省を中心とし官僚も参加し、交渉が始まると思うが、米国の様に
業界団体を巻き込んだ、共同歩調による、強力な交渉に期待したいと念じている。

野田首相を見ていると、日本は米国の属国に成る事を選択する方向に
動き出したのかなとも思えるが、アセアンの盟主になり、それをバックに
米国、中国と対等に渡り合う戦略が論議されぬ事に、タイに住む者として、
非常に残念な気持ちである。